Project M Annex

日本近代文学・比較文学・表象文化論の授業や研究について、学生や一般の方の質問を受けつけ、情報を発信します。皆様からの自由な投稿を歓迎いたします。(旧ブログからの移転に伴い、ブログ内へのリンクが無効になっている場合があります。)

GSボーイ(死語)

 私のデスクは7階の窓際にありました。

 仕事の合間に、ドゥルーズガタリの『ミル・プラトー』を少しずつ訳して、コピーで作った同人紙に掲載していました。眼下に図書館の屋根が見えました。いわゆる、ニュー・アカデミズム全盛期のころです。

 “浅田彰”という記号は、崇拝の対象でしたね。ほとんど自分たちと年齢が違わないのに、誰も知らない現代フランス思想を、まるでピンポン玉みたいに軽やかに打ち上げ続けていました。椎名鱗三・大江健三郎福永武彦らを読んで教養部時代を過ごした私は、学部にあがる前後から、古典中心の国文学になじめず、1年次から興味をもってフォローしてきた哲学の授業に唯一のオアシスを見出していました。現象学が、そのテーマでした。

 そして、大学院のころに出た『構造と力』は、ドゥルーズガタリを使い、それまで私が神秘的畏敬の対象としていた現象学系の思想家、たとえばメルロポンティなどを、いともたやすく嘲笑して唾棄していました。

 ほぼ並行して、“東京論ブーム”が起こっていました。『東京の血は、どおーんと騒ぐ』のネーミングは、それとニューアカとをドッキングさせて見事です。あの時代の雰囲気は、ちょっと他に例を見ないですね。今ならそれは、“バブル経済”の文化的表現として分析できそうですが、ハイテク、ニューメディア、地上げ、それからニューアカ……。これらは、全部一続きのものだったのでしょう。

 新しい、先端的なものは良いものとされ、文学や美学は古臭いパラノだ、という差別化が行われました。それがポスト記号学ポストモダニズムの実質から論議されるのは、ずっと後のことです。いや、その時のブームが強烈すぎて、未だに対象化されていないと言うべきかも知れません。

 リゾーム(根茎)を、浅田さんは脳に喩えたはずです。今なら、インターネットがあります。私たちは、ネットでどこへでも行けます。さて、しかし、それによって私たちは解放(脱属領化)されたでしょうか? それとも、再び支配(再属領化)されたのでしょうか?

 東京の血は、今でも騒いでいますよね。場所がヒルズとかにちょっと移動しただけです。猫も杓子も、東京、東京……。あのころと何も変わりません。私たちの血、私たちの今・ここに流れている血は、それでは騒いでいますか? 私があの7階の窓際で見たものは、夢?、憧れ?、それとも?