Project M Annex

日本近代文学・比較文学・表象文化論の授業や研究について、学生や一般の方の質問を受けつけ、情報を発信します。皆様からの自由な投稿を歓迎いたします。(旧ブログからの移転に伴い、ブログ内へのリンクが無効になっている場合があります。)

無限の解釈項

 2項対立の図式によるソシュール記号学とは異なり、チャールズ・サンダース・パース記号学は、表象・対象・解釈項の3項対によって記号を理解します。これをパースは、第一次性・第二次性・第三次性として一般化し、第一次性についての第一次的記号、第一次性についての第二次的記号……と重みづけを行い、記号を3の自乗=9個の種類に分類してみせました。

 ソシュールシニフィアンシニフィエは、ほぼ第一次性と第三次性にあたるので、対象なしにも記号が成り立つことになり、その通り、ソシュール記号学は、記号と対象との関係は恣意的であると見なすわけです。ソシュール=バルト=メッツの系譜の記号学が、文芸・映画・美術など、純粋に幻想の所産でありうるようなテクストを論ずるのに効果を発揮する所以です。

 一方、英米系の分析哲学で、虚構の対象を指示するとはいかなる事態かという議論が延々と続いてきたことから分かるように、厳密な対象指示には、難しい要素もあります。しかし、記号がシニフィエのみならず対象指示を行うのは、むしろ日常の現実においては一般的です。逆に、幻想であろうと現実であろうとシニフィエとしては同じと見なすとすれば、両者の区別を有意なものにできません。

 パースの記号学を、ソシュールともうまく結びつけて記号学を大成したウンベルト・エーコ記号学は、もっと注目され、活用・展開されてよいと思います。記号の表現部分に記号が入るコノテーションが、いかに広く巧みに行われているかを示す「ウォーターゲート・モデル」、解釈項は常に他の記号であるから、その記号もまた解釈項(別の記号)を要請し、こうして3項対の三角形は、頂点を共有して無限に連鎖するとする「無限の解釈項」の理論。

 その他、可能世界物語論や百科事典理論なども併せて、エーコ記号学・物語学は、まだまだ汲み尽くされていないようです。
 YU映像論「文化の理論と映画記号学」への補足です。