Project M Annex

日本近代文学・比較文学・表象文化論の授業や研究について、学生や一般の方の質問を受けつけ、情報を発信します。皆様からの自由な投稿を歓迎いたします。(旧ブログからの移転に伴い、ブログ内へのリンクが無効になっている場合があります。)

術語集

表象のパラドックス2

『意味という病』というのは、有名な柄谷行人氏の著作ですが、表象に常に意味があるという発想には、いまや単純に肯(うなず)くことはできません。 テクスト化、もしくは構造化は、一般には高度な、または高次元の意味を作り出す方法であると信じられてきま…

コノテーション2

フリッツ・ラング監督の『M』の冒頭で、変質者に娘が誘拐されるシークェンスがあります。娘がボールで遊びながら道路を歩いていて、男に声をかけられ、盲目の風船売りから人形型の風船を買ってもらう。家では母が、帰りの遅い娘を待ちながら、夕飯の支度をし…

コノテーション1

ロラン・バルトは、記号の一般形態をERCと書きました。E(表現)とC(内容)とのR(関係)が記号を形作る、というものです。基礎はソシュール流の2項対立図式ですが、2つの点で優れた表記法です。すなわち、1つは、括弧を用いた表記法によって、コノテーショ…

日記体小説

日記体は、ドキュメント形式の一つです。書簡体・日記体・手記体の3大ドキュメント形式のうち、書簡体と日記体は、多くの場合、フラグメント形式とも重なりを有します。また、ドキュメント形式は一般に、ドキュメントと、それが属する上位の物語との間の虚構…

断章集積形式(フラグメント形式)2

断片(断章)を定義すると、「全体に回帰しない部分」と言えます。元来、部分は全体との関わりで部分であるので、集合論で習ったように、全体もまた部分の一種です。部分は全体を、全体は部分を予期するので、全体―部分の関係が緊密な場合には、部分のみで全…

断章集積形式(フラグメント形式)

坪内逍遙の『小説神髄』は、社会進化論をベースとした小説論で、いわば小説進化論を説いた理論書ですが、小説の内容として、因果関係で結ばれた緊密で一貫した物語を求めています。これは、いわば西洋文学の金科玉条であり、古くはアリストテレスの『詩学』…

書簡体小説3(メタ書簡体)

太宰治はドキュメント形式の達人です。『人間失格』『斜陽』「女生徒」などは手記体、「HUMAN LOST」は日記体、「猿面冠者」「虚構の春」「風の便り」その他は書簡体で、他にカルタ形式の「懶惰の歌留多」というのまであります。このうち、「猿面冠者」と「…

書簡体小説2(全面的書簡体、挿入式書簡体)

ルソー『新エロイーズ』、ゲーテ『若きヴェルテルの悩み』、ドストエフスキー『貧しき人々』、ラクロ『危険な関係』……19世紀ヨーロッパでは、各作家の代表作と言うべき作品として、書簡体小説が書かれました。このジャンルの流行の度合が分かりますが、それ…

ドキュメント形式3

手紙、日記、手記。これらが文芸テクストにおける3大ドキュメント形式です。いずれも、「隠された真実の暴露」という性格において共通しています。もちろん、「真実」は真実というよりは、物語としての魅力に重点をおいて構築されます。多くの場合、退屈な事…

書簡体小説

小説と手紙。人の心を驚かし、人の心を愉しませる、この2大言語形式が結びつくことに、さして疑問の余地はないかも知れません。「世界は小説と手紙(メール)とで出来ている」と極論する哲学者もいるほどです。……もちろんこれは冗談ですけどね。しかし、これ…

ドキュメント形式2

文芸テクストに現実の文書の体裁が用いられるドキュメント形式が、実際のドキュメントと異なる要素は、虚構と非虚構との差異と重なる、と前に書きました。これをもう少し敷衍すると、次のようになります。 1)情報の実在性 ドキュメントは、執筆や、発信・…

姦通小説4

メタ姦通小説の傑作、それは、金井美恵子『文章教室』をおいて外にはありません。主人公・絵真の名はエマ・ボヴァリーから来ていて、姦通小説のジャンル的記憶を喚起します。佐藤絵真の夫も娘も、また絵真自身も不倫していて、佐藤家は姦通一家です。ところ…

姦通小説3

ジャンルは、どのようなものでも、歴史的かつ公共的なフレーム(枠組)です。言い換えれば、私的ジャンルなるものは、あったとしても意味をなしません。また、ジャンルである以上は、何らかの歴史的・公共的な記憶と関わりを持ち、すなわち、ジャンルは、テ…

姦通小説2

姦通を専ら妻の罪と規定した旧法の精神が表現するように、姦通小説の主人公は、典型的には女性です。「有夫ノ婦」が、夫以外の男と肉体関係を持つ行為が姦通の基本であり、姦通小説の定型は、この女性が何らかの形で死(典型的には自殺)を迎えるパターンを…

人物3(小説・映画)

小説の人物は人間ではありません。それは、言葉によって作られた虚構の対象です。たとえ現実に実在した人間をモデルにした人物であっても、人物は想像力の所産であり、実在の人間そのものではありません。もちろん、想像力は現実と結ばれている部分もありま…

メロドラマ

陳腐・通俗・下級の代名詞のように用いられていたメロドラマという言葉に、ジャンルとして初めて明確な位置づけを与えたのは、加藤幹郎の重要な業績です。『映画のメロドラマ的想像力』には、メロドラマは「過剰なる感情のための過剰なる形式」であり、観客…

世代論

現代の文芸・文化批評において、世代論は、《似たような表現・発想・思想を共有する人たち》を問題とする、というほどの意味で用いられます。世代に関する語彙は、「70年代」「90年代」などの時代や、「団塊の世代」「全共闘世代」などの歴史的用語となった…

液状化(マンガ・アニメ)

マンガ版『風の谷のナウシカ』で、僧会のマッド・サイエンティストらによって培養された粘菌は、ナウシカの手で解放され、地表を覆い尽くして荒廃させます。反面、腐海は多層に分かれていて、土壌の毒を浄化し、砂と水に還元するロボットであることが明らか…

癒合(映画・アニメ)

近未来SF映画は、テクノロジーと人間との関わりを描き、それによって文明の未来を批判的・懐疑的に考察します。そのようなトピックを鮮明に呈示する表現として、人体と異物(機械・装置)との癒合(merging)が挙げられます。例えば、デイヴィッド・クロー…

ストゥディウム/プンクトゥム

ロラン・バルトの写真論『明るい部屋』(「暗い部屋[camera obscura=カメラ]」のもじり)に示された用語です。バルトの写真論はちょっとユニークで、まず、写真はコードのないメッセージ、つまり現実そのものだ、というものです。これは、根元的虚構論の…

定型(物語5)

イーザーの『行為としての読書』やロトマンの『文学理論と構造主義』など、情報理論を取り入れた読解の方法論では、「テクストと読者とが各々所有する情報のバランス」が問題にされています。 イーザーのレパートリーは、テクスト・読者が所有する情報そのも…

暗闇の中における跳躍2

「私は、インターネットの中で笑い、インターネットの中で泣くでしょう。私の声は、言葉は、私の愛も、憎しみも、すべて、Uniコードに変換され、パケットに乗って送信されるでしょう。私はそこで、すべてを見、すべてを手にしますが、ほんとうは何も見えず、…

小説(ジャンル)2

芸術としての文芸という観点から小説をジャンル論的に定義しようとする際に、第一に問題となるのは、まさに、小説というのは芸術なのだろうか?という疑問です。小説が広く娯楽として流通した時代に、哲学者・美学者たちは、小説に正面から向き合おうとしな…

近未来SF(ジャンル)

近未来SF映画は、人類の文明にとって重要な事項であるテクノロジーの発達が、人間の意識と生存に対して、どのように関与するかを主要なテーマとしています。いわば、テクノロジーの倫理です。典型的には、ロボットとマッド・サイエンティストの組み合わせに…

近代・ポスト近代

チャールズ・ジェンクス『ポストモダニズムの建築言語』は、建築の近代主義が、単一の機能や価値観を追求してきたのに対し、多様な価値の共存と折衷を認める建築様式を、ポストモダニズムと呼びました。ジャンフランソワ・リオタールの『ポストモダンの条件…

暗黒の中における跳躍

ソール・A・クリプキ『ウィトゲンシュタインのパラドックス』で問題とされ、柄谷行人『探究I』などが大きく取り上げた概念です。もともとは、後期ウィトゲンシュタインの『哲学探究』などで述べられた「言語ゲーム」の理論、すなわち、言語のルールが共有…

モンタージュ

映画学校に映画実験工房(クレショフ工房)を設け、様々なモンタージュの実験を試みていたレフ・クレショフは、一般に「クレショフ効果」と呼ばれる現象を発見していました。俳優イヴァン・モジューヒンの同じクロース・アップに、次々と違うフィルム断片を…

テクスト分析(物語4)

世界にはたくさんの物語があります。小説、神話、絵本、映画、ゲーム……。それらの多様性を、いわば「物語の文法」「物語の辞書」を作ることによって、統一的に把握することはできないでしょうか。このように考えて、記号学の方法を動員し、物語の一般法則を…

神話批評(物語3)

物語は自由自在な言説というよりは、行為する人の様態を、効果を上げるよう技巧を凝らして語ることであるとする主張は、既にアリストテレス『詩学』のミュートスの理論にあります。ミュートスとは、現在の「神話」の語源ですが、物語あるいは物語の筋を指す…

法=差別(物語2)

物語は共同体と深い関わりをもつ、とする考え方があります。もともと、モノをカタルという行為じたいが、人と人とを結びつけるコミュニケーションの重要な役割を担います。これに関して最も明快な定義を行ったのは、中上健次でしょう。『風景の向こうへ』に…