Project M Annex

日本近代文学・比較文学・表象文化論の授業や研究について、学生や一般の方の質問を受けつけ、情報を発信します。皆様からの自由な投稿を歓迎いたします。(旧ブログからの移転に伴い、ブログ内へのリンクが無効になっている場合があります。)

氷の街から

 最近、月に一度くらい上京します。からからに晴れた首都から、氷に閉ざされた私たちの街に帰ってくると、こんなに環境が違うのに、どんな場合にも同じ条件で評価されるなんて不当だ、と思ってしまいます。勉強なんてどこにいたってできる、と言うことは簡単です。しかし、これをこちらの人が言うのは無知か強がりであり、向こうの人が言うのは単に無理解なのであって、そういう欺瞞を続けている限り、決して状況はよくなりません。

 私の孤独原則と矛盾するようですが、あるいは矛盾するからこそそれに対応しないわけにいかないのですが、学問としての文芸研究の核心はコミュニケーションにあります。学生・研究者相互の批判のし合い、情報の交換、研究条件にかかわる様々なやり取り。もちろん大きな図書館・資料館の存在も、この学問を進めるためにかなり決定的な役割を果たします。いくら情報環境が整備されても、核心部分に変わりはありません。学問を離れても、若者が田舎を嫌うのは、これだけの落差を考えれば、どう考えても当然のことです。

 むろん、田舎者であることに甘えてはならない、とも思います。むしろ、こういう条件だからこそ、見えてくる文化的対象もあるはずです。確かに腰を落ち着けて研究に打ち込むには、田舎が適している面もあります。また、何よりも私の仕事は、地元の若い人たちのために、少しでも良い条件を整備することだとも考えます。文句ばかり言ってもしようがない。心まで氷に閉ざされないようにして、氷の街パワーをたくわえなければなりません。

 東京の連中には負けたくない、と思うのも、東京に出て仕事をしたい、と思うのも、どちらもきわめて当然の気持ちです。「誰もがその願ふところに/住むことが許されるのでない」とは伊東静雄の詩の一節です。ついでにもう一つ、月並みですが、「さよならだけが、人生だ」。これは太宰ですが、これらの句はいつでも心に響きます。そういえば、もうじき、別れの季節もやってきます。別れの季節は、また出会いの始まりでもあります。