Project M Annex

日本近代文学・比較文学・表象文化論の授業や研究について、学生や一般の方の質問を受けつけ、情報を発信します。皆様からの自由な投稿を歓迎いたします。(旧ブログからの移転に伴い、ブログ内へのリンクが無効になっている場合があります。)

額縁構造

 小説構造の一つで、この構造を持つ小説を額縁小説と呼ぶこともあります。物語や映画その他のジャンルにも用いられます。枠構造・枠物語・枠小説などの呼び方もあります。

 『アラビアン・ナイト』は、王シャフリヤールに毎夜、物語を聴かせることにより、殺されることを免れる娘シェヘラザードの物語が大枠となり、そのシェヘラザードの物語として、180ほどの大小の物語が含まれています。このように、物語の発生の状況を示す物語が額縁(枠)となり、本体の物語がいわば絵としてはめ込まれている形の構造が、額縁構造です。

 太宰治の『人間失格』は、ある作家が船橋のバーのマダムからノートを譲り受けたという話が「はしがき」と「あとがき」に置かれ、本体では大庭葉蔵という主人公の自堕落な回想手記が展開されます。仏文学者の篠沢秀夫さんはこのようなタイプに「発見原稿型額縁小説」と名付けました。古典から現代に至るまで、額縁構造の作品は枚挙に暇がありません。

 一般化するなら、語りの状況、物語の時間、人物などにおいて、虚構の水準が異なる部分が含まれ、より典型的には一方が他方を説明しているような場合が、額縁構造であると言えます。それに着目することは、物語の意味や機能、語りや虚構など、さまざまな思考の契機となりえます。

 しかし、絵画と違い、言葉による不定形な対象である文芸テクストでは、額縁は明確な形をとらず、例えばテクスト内に散在して本体と見分けがつかない、ということがあります。また、額縁の説明機能が十分でなかったり、額縁と本体の説明が相互的・循環的となり、どちらが額縁か分からなくなる、といったこともありえます。これらは、額縁構造の自己解体です。額縁構造は解体するために設定される。これが、多くの現代的テクストの場合に見られる現象です。