Project M Annex

日本近代文学・比較文学・表象文化論の授業や研究について、学生や一般の方の質問を受けつけ、情報を発信します。皆様からの自由な投稿を歓迎いたします。(旧ブログからの移転に伴い、ブログ内へのリンクが無効になっている場合があります。)

ノー・リプライ

 中学時代、私を吹奏楽に誘った女子生徒は、ピアノが上手で、おまけに大のビートルズファンでした。その子の影響で、私もまたビートルズファンになりました。毎日、あけてもくれても、ビートルズばかりを聴いていました。

 私は1週間続いたNHKFMの昼のビートルズ特集を全部録音して、楽器店から曲集を買ってきて、書店でビートルズを描いた本をさがして、ほとんど受験勉強のようにビートルズと取り組みました。

 ビートルズの映画を幾つも見ました。"And I Love Her"を歌うポールがギターを立てて弾くのが印象的でした。『Let It Be』でビルの屋上で演奏された"Get Back"。ジョンに寄り添うヨーコ。

 トランペットを吹いていた部の先輩が中心となって、文化祭で"Get Back"が披露されました。しかしその演奏! 体育館を揺るがす大音響しか記憶にありません。それでも初めて聴くエレキ、ベースに圧倒されました。

 彼女を含め4人でバンドを組んで、"Let It Be"のコピーを試みました。ドラムスもベースもありません。エレキは先輩から古いのを3千円で譲ってもらいました。アンプは確か、叔父さんから。真空管式で、よく音が出なくなりました。

 何種類かある"Let It Be"のジョージが弾くギターのソロは、どれも弾けました。バンドは名前もないままに解散しましたが、私は部屋で、ビートルズナンバーを歌い続けました。

 速い曲は難しいので、ゆっくりしたバラードが主です。"Here, There, and Everywhere"、"Elinor Rigby"、"Yesterday"、"Hey Jude"……。アルバムでは、"Sergeant Pepper's.."にまったく耽溺しました。何百回となく聴いたでしょう。

 セヴンス、シックスのコードの多用、解決しない旋律、不協和音、古典楽器やバロック旋法の組み合わせ、シタール、……ビートルズ現代の音楽パラダイムを築いたのです。

 長じて、学会である人から、「ナカムラさんの研究の核は何ですか?」と訊かれました。「音楽です」。音楽の形式性ですね。それを私に教えてくれたのは、4分の2が吹奏楽、4分の1がギター、そして残りの4分の1がビートルズです。

 昨年、MGに向かう仙台駅前の店先で、"No Reply"のメロディを耳にしました。一瞬、あの夏の日の青い空、遠くに街の見える部屋の窓を開け放して、まじめに勉強机に向かい、テレコでビートルズを聴いていた、中学生の私に、その時私は戻りました。