Project M Annex

日本近代文学・比較文学・表象文化論の授業や研究について、学生や一般の方の質問を受けつけ、情報を発信します。皆様からの自由な投稿を歓迎いたします。(旧ブログからの移転に伴い、ブログ内へのリンクが無効になっている場合があります。)

第2回 1950年代日本〈映画-文学〉相関研究会案内

■日時 2011年7月30日(土)13時~17時30分
■会場 北海道大学人文社会科学総合教育研究棟 W409会議室

《来聴歓迎》

□研究発表
1 鈴木清順の初期映画と1950年代の日活における文芸映画について
北海道大学大学院文学研究科博士課程 井川 重乃
2 第二次世界大戦直後の探偵小説と探偵映画―『獄門島』(1949)を題材に―
北海道大学大学院文学研究科助教 横濱 雄二

□ラウンドテーブル
1 日本映画と日本文学の相関研究史
立命館大学非常勤講師 友田 義行
2 俳優化の原理―〈原作〉の記号学2―
北海道大学大学院教授 中村 三春
3 大藤信郎のアニメーションにみえる神話的想像力
専修大学准教授 米村みゆき

科学研究費  基盤研究(C) 課題番号22520120
「1950 年代日本映画と日本文学との相関研究」(研究代表者 中村三春)


(発表要旨は「続きを読む」をクリック)
[研究発表1]鈴木清順の初期映画と1950年代の日活における文芸映画について
井川 重乃 
 1948年に松竹大船に入社した鈴木清順は1954年に製作を再開した日活に移籍し、1968年に解雇通告を言い渡されるまで全盛期の日活で多くの映画を製作してきた。日活時代の鈴木清順映画は、これまで「日活アクション」映画の系譜として考えられている。
 日活は「日活アクション」と銘打ったアクション映画を製作し、1950年代から1960年代にかけて興業的な成功を収めていた。そしてその主演男優は日活「ダイヤモンドライン」と呼ばれている。しかしその主軸・石原裕次郎出世作太陽の季節』がアクション映画ではなくその兄・石原慎太郎原作の文芸映画であったように、1950年代前半の日活にはアクション映画だけでなく、文芸映画の流れも存在していた。
 本発表では1950年代における日活の文芸映画の流れを確認し、その上で鈴木清順初期作品を再考察する。日活における文芸映画の流れと、またそれらが日活に在籍した個々の監督によってどのように製作されていったのかを鈴木清順を取り上げて検討していきたい。

[研究発表2]第二次世界大戦直後の探偵小説と探偵映画
―『獄門島』(1949)を題材に―
横濱 雄二  
 横溝正史による金田一耕助ものの第2作『獄門島』(1949)は、『本陣殺人事件』の好評を受け、1947年から翌48年にかけて探偵小説雑誌『宝石』(岩谷書店)に連載された長編探偵小説である。本作は前作と同じく、松田定次監督、比佐芳武脚本で映化(東横映画、1949)されている。当時GHQは時代劇映画を強く抑制し、そのため本作主演の片岡千恵蔵は現代劇に活路を見いだし、大映で探偵「多羅尾伴内」を演じていた。その意味で、後年の市川崑による映画化と異なる洋装の金田一耕助は、千恵蔵という俳優の身体を媒介して、多羅尾伴内の活劇へ通じていた。しかし活劇のあからさまな暴力性もまた、GHQの忌避するところであった。本発表では、いくつかの映画の検閲資料なども参照しつつ、作品内のさまざまな要素をてがかりとして、小説と映画の2つの『獄門島』が置かれた文脈を探る。これはまた、両者の相関関係に加わる諸力の歴史性を明らかにする作業ともなるだろう。

[ラウンドテーブル1]日本映画と日本文学の相関研究史
友田 義行  
 〈映画と文学〉というテーマは古くて新しい研究課題である。
 日本映画と日本文学を横断した研究も、これまでに少なからず蓄積されてきた。1950年代日本映画と日本文学との相関研究を新たに切りひらくにあたり、これまでの研究を整理してその成果と課題を吟味するとともに、主要な研究者および研究対象、今後の研究に活用できる文献やデータベース、アーカイブなどの情報を整理することを試みる。
 1950年代を軸としながら、おおよそ昭和全般を視野に入れて概括し、議論の礎と
したい。

[ラウンドテーブル2]俳優化の原理―〈原作〉の記号学2―
中村 三春  
 原作のある映画の中の人物(キャラクター)とは、いったい何者なのか?
 第1回ラウンドテーブルにおいて、ジュネットの『パランプセスト』などを手がかりに、文学・映画間の変形の様相についての基盤的な展望を述べた(内容は『季刊iichiko』No.111に掲載)。そこでは、言語テクストの視覚化(演技・撮影・編集にわたる映像生成)と聴覚化(同じく音響生成)による実現として、俳優化・環境化・その他(句読法・BGM・傍白など)をリストアップして問題にした。
 今回は、それらのうち最も重要と思われる俳優化の原理について、再び、黒澤・成瀬・溝口・木下らの著名作品を例に取り上げて論じてみよう。

[ラウンドテーブル3]大藤信郎のアニメーションにみえる神話的想像力
米村みゆき  
 カラー・セロファン使用の影絵アニメーション『くじら』(1951)がカンヌ映画祭で2位に入賞し、海外において日本のアニメーション作家として名を知らしめた大藤信郎は、『古事記』を原作とし映像テクストを数多く残している。フィルムセンター所蔵の大藤関係資料には、同一シーンにおける複数バージョンの原稿が残されており、大藤が『古事記』について強い拘りを持っていたことが確認される。1950年代の作品に影響を与えたという『国歌 君が代』(1931)においても、イザナギイザナミの登場、天の岩戸伝説を下敷きにしたショットなど興味深い要素が見受けられる。大藤のアニメーションにおける日本神話の登場がどのような想像力と結びついていたのか探ってゆきたい。