Project M Annex

日本近代文学・比較文学・表象文化論の授業や研究について、学生や一般の方の質問を受けつけ、情報を発信します。皆様からの自由な投稿を歓迎いたします。(旧ブログからの移転に伴い、ブログ内へのリンクが無効になっている場合があります。)

第2回翻訳ワークショップ・シンポジウムのご案内

■日時 2014年3月10日(月)
   ・午前の部10時30分-12時30分
   ・午後の部14時-16時30分
■会場 北海道大学人文・社会科学総合教育研究棟 文系6番教室
■主催 翻訳ワークショップ・シンポジウム企画委員会
■後援 北海道大学大学院文学研究科


リンク:北海道大学大学院文学研究科・文学部インフォメーション・イベント

【午前の部】 10時30分-12時30分

Workshop:Learning Translation
北大卒の翻訳者が北大生を対象に実際に翻訳の授業を行います。
受講希望者は企画者に申し出てください。参観は自由です。

講師 藤井光(同志社大学文学部英文科准教授)
《講師紹介》北大文学部・文学研究科(修士・博士)卒業後、学術振興会研究員として柴田元幸のもとで東京大学現代文芸論研究室の草創期に携わる。柴田がサルバドール・プランセシア著『紙の民』(白水社、2011年)の帯文において、「これだけ奇妙奇天烈で、これだけ悲しく、これだけ笑える小説が他にあったら教えてほしい。そういう奇妙奇天烈で悲しく笑える、だが訳するには種々の困難が伴うこの小説をあっさり訳してしまう訳者が他にいたら教えてほしい」と絶賛した新進気鋭の研究者・翻訳者。テア・オブレヒト著『タイガーズ・ワイフ』(新潮社)で、2013年本屋大賞(翻訳小説部門)受賞。

【午後の部】 14時-16時30分

Symposium: Teaching Translation
 北大文学部・大学院で翻訳論を担当する教員が加わり、文芸翻訳研究・教育の面白さや難しさ、課題とその可能性について発表・討論を行います。学生も教員も参加自由です。

司会:藤田健
翻訳にとって成功の条件とは何か
藤井光(同志社大学文学部英文科准教授)

タイランド」と翻訳の村上春樹―日本語の自由間接/直接表現―
中村三春(北海道大学院文学研究科映像・表現文化論講座教授)

北大文芸翻訳教育の現場から―Not Looking Up, But Looking Level
晒科洋輔(北海道大学大学院文学研究科西洋文学講座修士課程2年)

企画者:瀬名波栄潤(メールアドレス:juneアットマークlet.hokudai.ac.jp)



(シンポジウム報告要旨は「続きを読む」をクリック) 【シンポジウム報告要旨】

藤井光「翻訳にとって成功の条件とは何か」

 文芸翻訳という作業が、正確性のみでは判断できない要素に大きく依存する以上、翻訳の「成功」とは一概に定義できるものではない。意味の次元のみならず、言語間・文化間の力関係も介在する翻訳を主題とするアメリカ小説においては、翻訳の「失敗」にスポットライトが当たることもしばしばである(Joyce Carol Oates、Jayne Anne Phillipsなど)。そうした状況も踏まえつつ、翻訳が成功する瞬間があるとすれば、それはどのような条件において起こりうるのか。作者と翻訳者、オリジナルと翻訳テクスト、原語の文化と目標原語の文化、そして何よりも、教室における教師と学生という関係性のなかから、実例を挙げつつ考えてみたい。

中村三春 「『タイランド』と翻訳の村上春樹―日本語の自由間接/直接表現―」

 村上春樹の短編集『神の子どもたちは皆踊る』(新潮文庫)に収められた「タイランド」の原作と英訳(それに仏訳を少々)を対照し、日本語における自由間接・自由直接表現、ひいては翻訳と重大な関わりを持つ日本の近代小説文体について考えてみる。村上作品の多くが外国語に翻訳されているとともに、村上自身が多数のアメリカ文学の翻訳者でもある。そのような村上の小説は、物語の内容においても、翻訳に重要な意味が与えられることがある。「タイランド」はその典型であり、また文体においても様々な問題を喚起するテクストである。一般に欧文脈として理解される自由間接・直接表現は、実はそうではない。二葉亭四迷以来の近代小説文体も参考にして、小説文体とはいったい何であるのかを改めて考え直してみたい。

晒科洋輔「北大文芸翻訳教育の現場から-―Not Looking Up, But Looking Level」

 北大文芸翻訳教育の現場には、「教員と学生が同じ目線に立っている」という実感がある。北大文学研究科では、文芸翻訳に関する三つの授業を受講したが、それぞれが異なったアプローチを持っている。そして、いずれの授業においても、学生が教員を仰ぎ見るのではなく、学生と教員が同じ目線から意見を交わすことのできる環境が整っており、そこでは学生が翻訳のスペシャリストを仰ぎ見るような授業では得られない経験を得ることができる。また、北大文学研究科では、修士論文の代わりに特定課題研究として文芸翻訳に取り組むこともできる。