Project M Annex

日本近代文学・比較文学・表象文化論の授業や研究について、学生や一般の方の質問を受けつけ、情報を発信します。皆様からの自由な投稿を歓迎いたします。(旧ブログからの移転に伴い、ブログ内へのリンクが無効になっている場合があります。)

乾杯について

 東欧出身者の街の若い労働者仲間たち。そのうちの一人は、ベトナム戦争で帰らぬ者となり、他に脚を失った者もあります。弔いの後、彼らは仲間の家に集まり、喪服のまま、ビール、コーヒー、オムレツで乾杯します。缶ビールを開け、コーヒーを注ぎ、オムレツを焼いて、コップを高く上げたところで、映像は止まり、エンディングテーマが流れます。

 私は小中高の時期にずっとクラシックギターを弾いていたので、ジョン・ウィリアムスの演奏によるテーマ曲「カヴァティーナ」にはとても魅了されました。

 彼らは脱力して妙に明るいのですが、もちろん悲しくてたまらないのです。台所で青年が、卵にミルクを注ぎながら洟をすすっていたのが印象的です。あの頃、私は洋風の卵焼きに、あんな風にミルクを入れるなんて知りませんでした。白い液体を注入し、卵をかき混ぜる撹拌じたいが、弔いの行為のように感じられました。もちろん、乾杯の全体がそうなのです。多義的で、見事な表現です。

 ロバート・デニーロクリストファー・ウォーケンメリル・ストリープ……。終戦後も、闇のロシアン・ルーレット賭場に浸かって帰還しないウォーケンを、デニーロが連れ戻しに行きます。だが、ようやく見つけた彼と対戦して、目の前でウォーケンはこめかみを撃ち抜いて死にます。結婚式、鹿狩り、全裸で夜の街を走る彼ら。折れて骨が突き出した脚。鼠の這う水中の檻への監禁。寂しいの、慰め合いましょう、と言うストリープ。この長い映画のすべてが、乾杯の場面で凝縮します。

 同じ監督のこれもまた長大な『天国の門』について、蓮實重彦氏が、その絶対的な短さを指摘しています。これは一種の交響曲であり、世界観の表現そのものであって、全く、長さを感じさせない長さです。蓮實氏の批評で最も心に残っている言葉です。左翼からベトナム兵の描き方をめぐってこの映画は批判されましたが、それは政治を見て人間を見ない発想の典型だと感じました。

 マイケル・チミノ監督『ディア・ハンター』。紛うべくもない、アメリカ映画の至宝です。