Project M Annex

日本近代文学・比較文学・表象文化論の授業や研究について、学生や一般の方の質問を受けつけ、情報を発信します。皆様からの自由な投稿を歓迎いたします。(旧ブログからの移転に伴い、ブログ内へのリンクが無効になっている場合があります。)

考えずに答えよ

 「では、このことについて、あなたはどう考えるのですか?」
 「……(無言)」

 毎年の演習発表で繰り返される光景です。発表者は、質問があると、しばらく、時としてかなり長い間、考えます。「質問をどうぞ」と指名すると、質問者もまた、しばし無言のまま、多くの場合は「少し考えさせてください」と思索の時間を要求します。

 学校の授業は訓練ですから、これでもいいと言えます。しかし、たとえばあなたが携帯電話を買いに行って、相談した店員が、「少し考えさせてください」と言って考え込んだら、あなたはその携帯を買いますか? 要するに、発話に手間取って時間がかかるのは、その分野に習熟していないからです。

 日本文学の研究の頂上をなしているはずの学会発表は、多くの場合、一人あたり発表25分、質疑応答5分かそこいらで構成されます。他の学問分野では、発表時間がもっと短いこともあります。質疑応答5分の中で、質問者も回答者も長考していたら、沈黙のままに持ち時間は終了してしまいます。 

 授業でも学会でも、研究発表という空間では、時間は有限なのです。

 会議や打ち合わせも併せて言えることですが、それらは、有限な生命の持ち主である他者を、一定の時空間に拘束する行為にほかなりません。それを無意味に終わらせるか否かは、その参加者に掛かっているのです。常々私はこう言っています。「考えないで発言しなさい」とね。

 発表者は発表内容をまとめる段階で、どのような質問が出るかをあらかじめ想定し、また質問者は発表を聞きながら、どのように質問するかを並行して考えなければなりません。発話が終わってから長考、などというやり方は、学校の中でしか通用しません。

 訓練ですから、焦ってもしようがありませんが、質問・回答の仕方を身につけることが、きわめて重要なコミュニケーションの技術であることは間違いがありません。『銀河鉄道の夜』の冒頭の学校の場面は、このテクストがコミュニケーションの問題と深い関わりを持っていることを示唆しています。